2011年9月30日金曜日

来年の


注文していた来年のカレンダーが届いた。
ここ3年ほど、我が家のカレンダーは岩合さんの写真を使ったものを愛用してる。
今年のは世界の猫と日本の猫のカレンダー(居間と仕事部屋に)。
毎月カレンダーをめくってどんな猫が見れるのか楽しみにしてる。自然で気取らない、味のある動物写真はさすが岩合さん!と感心してしまう。

2012年は猫と犬のカレンダーにした。もちろん岩合さんの写真だ。
むちっとした脚のかわいい子犬、ちょっとふてぶてしい顔が魅力な野良猫たち。
次の1年も彼らの写真に癒されそう♪

9月も本日で終わり。
今年もあと3ヶ月残すだけ。早い!早過ぎる・・・
ただでさえいつ死ぬかなんて分からないんだから、やりたい事やらないとあっという間に人生終わっちゃいますね。


2011年9月29日木曜日

Burger Lunch


先週ラクーアを歩いた時の脚の痛みがようやく引いて来たので、以前から一度入ってみたいと思っていた近所のバーガー屋さんへ行って来た。(近場と言えば近場なんだけど、ウチとは駅を挟んで反対側にあって私の足ではすごく遠くに感じる)

今日はいい天気で気温も割りと高かったので少し歩くだけで汗ばんできて、それだけでバテ気味。おまけに左脚がなかなか思うように動いてくれないので、つまずかないよう注意して歩くのに難儀した。目的地に着くまで何度あちこちに座って休憩したことか・・・

やっとの思いで店に着き、通りが見える窓側の席に座った。
アイスコーヒーをすすりながら注文したサンドイッチが運ばれるまでしばし待つ。
店内はレトロなアメリカンって感じ。ごちゃごちゃ置いてある雑貨を眺めるのも楽しい。

まず、私が頼んだBLTサンドが来る。どどーん。


バターでカリカリに焼いたパンで分厚いスモーキーベーコン、トマト、レタスが挟んであって食べ応え十分!ベーコンがちょっと私には肉々しかったけど(どちらかと言えばベジ人間なので)、肉好きな人にはたまらないんじゃないかな。

彼が頼んだのはお店の一番定番のバーガー↓


見よ、この厚さ!顎関節症気味の私には絶対かじれない(苦笑)。
パテはつなぎなしの100%オージービーフ、ジューシーで肉の味がしっかりするそうで、肉食獣(?)の彼も満足気な様子。これに大容量のコークを飲むんだもの、当然お腹いっぱいになるでしょ。

たぷたぷの重いお腹を抱えて、帰り道もひぃひぃ言いながら頑張って歩いた。
不思議と行きより帰りの方が短く感じた。
万歩計の歩数は4,362歩。もっと歩いた気がするんだけどなー。
いつもながら、消費カロリーより摂取カロリーの方が断然高いっす(汗)。

しかし、外を歩くというのはスリル満点ですな。
よそ見して自転車をこぐオバサンにぶつからないようにするとか、道路の段差につまずかないようにするとか色々・・・その分いつもと違う神経を使ってるから脳にはいい刺激になってると思う。
ただ、どうしても緊張が走るので麻痺の残る左腕がかちーんと固まってしまい不自然に見えてしまう。フツーの人のように歩けるようになるまでにはまだ時間が必要だ。

毎度外を歩いた後は酷い筋肉痛がやってくるけど、それを恐れることなくまた外を歩きたい。プラス、そろそろ杖なしで歩く回数も増やさなくちゃね。


2011年9月28日水曜日

読書三昧、脳三昧


台風15号が去ってからすっかり秋めいた。

つい先日まで冷房をかけ、タオルケットで寝ていたのに、今や長袖長ズボンに毛布で寝ている。じきに布団も必要になりそう。
レイノーも出やすくなったし、これからは冷えとの戦いですな。

涼しくなると何をするのもしやすい。秋になると色々したくなるのはごく自然な事のような気がする。
「食欲の秋」・・・はもちろんなんだけど、私の場合食欲は一年中有り過ぎ(笑)。運動音痴だから「スポーツの秋」は昔から当てはまらないし、やっぱり「読書の秋」でしょ!

そんなわけで(?)最近はネットで本を注文しまくり、届く端から貪るように黙々と読んでいる。
読む本のジャンルはエッセイ、小説、ドキュメンタリーと色々あるけど、やはり一番熱いのは「脳」に関する本かな。
脳梗塞になる以前から脳には深い関心があって、脳に関する本を読んでいた。
自分を形作っている「心」とは何なのか?、そもそも自分って何だろう?、自分は脳に支配されているだけではないのか?云々、脳に関する興味は尽きなかった。

膠原病の悪化で長期入院した時に、ステロイドを多量に服用した期間(プレドニン50mg/日×2ヶ月)があったのだが、その時にこれまでに経験した事のない、スーパーハイテンションな状態(いわゆる躁状態)を体験した。薬の副作用とは言え、自分で自分自身をコントロールできなかった事はかなりショックだった。それが脳と心の関係に関心を抱く直接のきっかけになった。

そして、昨年、脳梗塞になって私の中でますます脳に関する本が熱くなった。
脳そのもののしくみを解説する本から脳卒中からの回復までの様子を書いた体験本、脳卒中後のリハビリ(脳に新しい神経回路を作る事)の大切さを書いた本・・・どれも他人事と思えない分、内容がすーっと頭に入ってくる。
そして脳梗塞直後から今まで自分がやってきたこと、心がけてきたことは正しかったんだなと確信できたのは大きな収穫だった。脳の可塑性により私の脳はまだまだ回復する、年月がかかっても必ずまた以前のように動けるはずだと自信が持てた。

それにしても、脳って何てスゴイんだろう!
人体そのものも驚くべきシステムを持つ細胞の集合体だけど、それを統制しているのが脳。私達が日々当たり前のように物事を見聞きし、考えたり記憶したり、他の人とコミュニケーションをとれるのも脳の成せる技。脳が正常に機能しなくなるのはまさに緊急事態!誰にでも起こり得る脳卒中はこの世で一番怖い病気ではないだろうか。何しろ司令塔がやられてしまうんだから。

読書三昧は幸せだけど、読み終えた本の置き場に困ってる。
本棚が既にいっぱいなので、仕方なく机の上に積み重ねているのだけど、このままじゃ本タワーが幾つもできちゃいそう。本は本棚にきちんと並んでいて、いつでも好きな時に引っ張り出して読めるってのが理想だけど。狭い賃貸住宅じゃ書斎なんて夢のまた夢の話。

2011年9月24日土曜日

楕円のランチョンマット




「スタークロッシェで編む夏こもの」に掲載されているランチョンマットに一目惚れし、本と同じ糸を買って編み始めたのは今年6月。
1/3ほど編んでは解き、また編み直し、を数回繰り返したけど結局全部解いた。
しばらくランチョンマットの事は忘れ、気を取り直して同じ本に載ってるショルダーバッグを編んだ。こちらは何とか完成させた。

で、再度ランチョンマットに取り掛かったのが先月初め。
またもや増やし目がうまくいかなくて何度もやり直し。指はぼろぼろ。
でも途中から「とにかく最後まで編んで気に入らなかったらもう止めよう」と決めて編み進めた。


何とか編み上げたものの、出来たのはぐにゃぐにゃによじれたザルのようなアヤシイ物体(この状態の写真撮っておけば良かったな)。

これはどうやっても平らなマットになんてならないだろーと思ったけど・・・アイロンのスチームを当てまくり、手で強引に引っ張ったり、重しをしたりと手を尽くした(?)結果、まぁ何とか平らになったわけです。

綺麗な楕円にならなかったので何箇所か間違ってるんだろうけど、もうこれで良しとする!(苦笑)

ランチョンマットと名は付いてるけど、出来上がりは想像していたのより小さかった。
おやつを載せるくらいのマットとして使えばいいかな。
スタークロッシェ編みが3段、ぐるりと縁取られているのがポイント。

それにしても、この糸(エコアンダリア ラフィー)は本当に編みにくい!
まだ糸は余っているけど、しばらく触りたくない。来年の夏まで押入れに入れておこう・・・。

本を沢山買ったのでしばらく編み物はお休みして読書三昧しそうだけど、次は久しぶりに棒針編みにトライしようかなと思っている。その為に新しいニット本も買っちゃったし。
短い5本針で輪編みで作る帽子、私に出来るかしらね??


【使用糸:ハマナカ/エコアンダリア<ラフィー> COL.602(ベージュ)、使用針:クロバー5/0号かぎ針】
・仕上がりサイズ:約21×32cm


2011年9月22日木曜日

LaQua周辺を歩く



首都圏に猛威を振るった台風15号が去り、今日は朝から良い天気!
もともと彼の仕事が一区切りついたら後楽園へ行こうって話があったけど、絶好のお出掛け日和になった。杖をつき、彼に日傘をさしてもらいながら久しぶりの後楽園へ。

まずはラクーアを素通りし、東京ドームの正面へまわる。
せっかくここまで来たからにはドームを撮らないと!というわけ(笑)。


どどーん。
相変わらずでっかいですね。でも夜じゃないから「TOKYO DOME」の文字にライトが点ってなくて絵的に物足りない。
それにしても、平日のドーム周辺ってこんなに空いているの?って少し心配になるくらい人の姿がまばらだった。ちなみに昨日台風で巨人戦中止になったのに、今日も試合はないらしい。とは言え、試合あっても観戦する元気はないけど。
いつか野球観戦したいなぁ(欲を言えばメジャーを観たい!)。


ドームの写真を撮り終わり、休憩も兼ねてランチにすることに。

かなり前に入ったことのあるベースボールカフェにまた行こうかなんて話をしていたけど、脚が疲れて余り歩きたくなかったので、近くにあったバーガー屋へ入った。

店内で食べようと思ったけど、喫煙席から流れてくるタバコの煙が臭いのと、冷房ががんがん効いて寒かったので外で食べることにした。
このラミちゃん(ラミレス選手)の柱の近くの席→

はっきり言って巨人ファンではない(笑)が、ラミちゃんには好感がもてる。
最近あんま打ってないけど・・・


さて、私がオーダーしたのはベーコンエッグサンド+フライ、ミルクティ。
結構ボリュームあって、口が開かない私には食べるのがちょっと大変だった(苦笑)。
それよか急に強い風が吹いてきて、物が飛ばないように押さえたりして慌てた。
彼の髪も私の髪も勢いよく宙を舞い、2人でそれを見て大笑い。当然、揚げたてだったはずのフライはあっという間に冷めた。台風のなごり風?(そんなものがあるのか知らないが)


バタバタしてゆっくり食べれなかったけど、とりあえず腹は満たされたので良しとする。

またラクーアへ戻る。
彼に「ネタ作りに乗りたいんじゃないの?」と言われ、遊園地内にある大きな観覧車に一瞬乗ってみようかと思ったけど、やっぱ怖そうなので止めた。風があったから余計にね・・・。

そもそも昔から遊園地って興味ないの、私(苦笑)。
ジェットコースターなんて心臓飛び出そうで怖いし、お化け屋敷もダメ。メリーゴーランドやコーヒーカップくらいなら乗れるけど、ただ回るだけのアトラクションは面白みがないから乗る気しないし。
唯一ディズニーランドだけは楽しいって思えるアトラクションが幾つかあったけど、今の体力であそこへ行くのは難しいなぁ。いつかまた行けるかしら??

























さてさて。
本日の一番のお目当てはラクーア内にあるゴディバでショコリキサーと言うチョコレートドリンクを飲むことだった。これを飲みたいと思ってどのくらい時が経ったのか・・・かなり前から狙ってたの(笑)。


私はダークチョコレートデカダンス、彼は期間限定のミルクチョコレートナッツをオーダー。
何か看板の写真とちと出来栄えが違うような・・・って所は置いといて。
太めのストローで吸い上げるショコリキサーのお味は・・・あ、あれ??思ったより薄い。
私も彼ももっと「チョコレート!!」って感じのする濃厚な味を想像していただけに肩透かしを食らった気分。容量を半分にしてチョコ濃度を上げてもらった方がいいかも・・・って感じでした。
まずくはないんだけど、これだったらトリュフ1個の方が満足感高いかも。うーん、残念。


今日は何だか歩けるなぁ!と自分自身に驚いていたけど(笑)、調子に乗ってあれもこれもと行き出すと後が大変な事になると思って、ショコリキサーを飲んだ後はおとなしく帰った。

でも案の定、最寄り駅から家までの帰り道で左脚の付け根が痛み、足を持ち上げるのもきつかった。
毎度、帰宅するまでの余力を残してるつもりなんだけど、いつもこのパターンですな。

天気いいと思っていたら急に雲が多くなって陰ったり、妙に変わりやすい空模様の一日だった。家に帰ってからは雨も降ったし。それでも夏に比べると湿度も気温も徐々に下がっているのを感じる。外を歩くのにちょうどいい季節になったって事ですね。

本日の万歩計は6,070歩をカウント!
1週間くらいまた脚が痛いだろうけど、痛みが治まったらまた散歩へ行くぞー。

2011年9月21日水曜日

台風とおはぎ


いやはや、台風15号すごいですね。
昨日は2人の妹が住む名古屋で大きな被害が出ていて、ニュース画像を見ながら妹達の心配をしていたけれど、今は東京が凄いことになっている。窓の外は嵐!!って感じ。
葉っぱとかビニール袋なんかが空高く舞い上がり、大粒の雨が斜めになって激しく地面を打ちつけている。物が倒れる音や空き缶が道路を転がる音も聞こえてくる。
サボテンを外に出していたのをすっかり忘れていて、さっき慌てて家の中に入れた。

窓にへばりついて外の様子を騒いで見てる私の横で彼が「山の人(←私が長野出身だから時々こう言う)だから台風が珍しいのか(笑)」って。
そう言われると実家は360°山に囲まれた盆地にあるので、大雨とか台風が来ても大した被害は出なかった気がする。地震も東京ほどなかったし。

そんな雨の中、風邪気味で調子悪いのに彼がおはぎを買って来てくれた。
例によってカレンダーを見たら今日の日付に「おはぎ」って書いてあったから、反射的に食べたくなって(笑)。そういやお彼岸なんだよね、いつからいつまでが該当するのか知らないけど・・・
子供の頃はお彼岸に祖母の家に行き、皆で手分けして母や祖母が丸めたおはぎにごまやきなこ、あんこをつけて何十個も作ったっけ。大人数で食べるあのおはぎがまた食べたいなぁ。
あ、でもこの近所の和菓子屋さんのおはぎも良い意味で手づくりっぽくて美味しかった。

それにしても、東京組の妹2人・・・会社が終わって帰る頃には外はかなり大荒れなんじゃないかな。早期帰宅指示が出てすぐ帰れればいいんだけど。ちょっと心配です。

台風15号君、早く過ぎ去って下され。

2011年9月17日土曜日

一周年

MR室へ向う通路(2010年10月撮影)

昨年の今日、脳梗塞になった。
正確には日付が17日に変わる前の真夜中にまず第一弾が来た。

帯状疱疹で苦しんでいた時にも何度かあった右目奥の焼け付くような痛みが突然やってきて、続けて左の手足の先にしびれが出た。
左半身にだけ反応が出るってことは脳に問題があるんだな、と瞬時に分かったから焦った。が、15分ほどうずくまって静かにしていたらしびれは治まった。(この時は梗塞は一瞬ですぐに血栓が流れたと思われる)
何だ、取り越し苦労だったか・・・とほっとしながらも、何となく不安はあった。彼の「大丈夫、大丈夫」の言葉を信じてその晩は眠りについた。

翌朝、いつものように起きて朝食を食べ、洗濯物を干して編み物をしていた。
昼過ぎにトイレへ行って出て来たところでまた右目奥に鋭い痛みがやってきた。そしてしびれも。今度は昨夜のと違ってしびれが消えない。むしろ少しずつ増している。
これはおかしいと思って即、ドクターへ電話したら「すぐに来て」と言わた。
最初は電車で行こうと思ったのだけど、駅に辿り着く前に歩けなくなってしまった。彼に支えられてタクシーに乗って病院へ向った。(救急車を呼べば良かったのに、と後でドクターに言われた)

緊急外来で問診を受け、すぐ頭部のMRIを撮ったものの画像に異常は認められなかった。でも確実に左半身は動かなくなってくる。口もろれつが回らなくなってきた。意識ははっきりしてるのに。
とりあえず入院となり、ベッドの上に寝かせてもらうがしびれが強いし左半身の麻痺が進行して自由にならなくなってきた。
脳神経外科の医者やら何やらぞろぞろ来る度に何度も同じことを話すが治療方針が決まらない。
素人目に見ても脳梗塞の徴候がいくつも出ているのに、MRIの画像に異常がなかったので何も出来ないのだ。悔しさと苛立ちが募った。
結局何もせず一晩過ごした間に完全に左半身は動かなくなった。この夜は本当に長かった。
症状にすぐ気付いて早く病院へ行っても、検査に異常がなければ何もしてくれないんだなぁとつくづく思い知らされた。

翌日の昼前にもう一度MRIを撮り、今度は梗塞が認められたので、ようやく溶血剤(ヘパリン)の点滴が開始される。梗塞が脳幹(呼吸や体温調節など基本的な生命現象をつかさどる)にあったため、24時間モニタリング(血中酸素、心電図)され、嚥下に問題なしと判断されるまで飲食は一切禁止になった。歩けないので尿の管にカテーテルを挿入され、オムツをする(人生最大の屈辱!)。

そんな管だらけでベッドに張り付いた状態から車椅子に移り、リハビリを毎日するようになって徐々に体を動かせるようになり、何とか3ヶ月で退院した。退院してからは毎日の生活がリハビリとなった。未だに原因は分からないが、排尿のコントロールがうまく出来なくなってかなり悩んだ時もあった。手先はかなり動かせるようになったのに、脚の回復は遅く歩行距離が伸びないことに焦りを感じている。

色々あったけど、兎にも角にも1年経った。
この1年間、いつもに増して手のかかる私に根気強く付き合ってくれた彼に感謝。
彼の支えあって何とかここまで来れた。

梗塞後しばらくは左半身が自分の一部って気がしなくて(マネキンの手足を左側に引っ付けたみたいな感じ)違和感があったけど、さすがに今は自分の体として認識してる。でも、右と左の脚に均等に体重を乗っけて立ったり歩いたりする事は未だに難しさを感じる。左足首を回すのはかなり出来るようになった(足首がうまく動かないと歩行が難しいと理学療法士に言われていた)。

上半身に関しては、左肩甲骨の周りの筋肉が衰えたままで、腕を上げたり回したりするのがスムーズに出来ない(右と同じように出来ない)。彼の勧めで肩の上げ下げや肩回しをこの1週間ほど続けているが、効果が現れるのはもう少し先だろう。
肘や手首は大分安定してきたので、お味噌汁のお椀くらいなら左手に持って口まで運べるようになった。でも8分目くらいに水を入れたグラスを左手で運ぶのは難しい(肘がぐらぐらして水をこぼしてしまう)。両手を使ってドライヤーで髪を乾かすのと爪を切るのはほぼ出来るようになった。

失うのはあっという間だったけど、失った動きを取り戻すのはカタツムリのごとくスローペースだ。
スローだけど、確実に出来る事は増えてきている。

あの日を境に私の身体は大きく変わってしまった。
今もしびれは消えないし、日によって左半身の状態がころころ変わるのでそれに対応するのが難しい。加えてに膠原病(SLEと多発性筋炎)もあるので簡単にリハビリが進まない。
それでも1つしかないこの体で生きていくしかないのだから、己の自然治癒力を信じてこれからまた1年大事に過ごしたいと思う。

<久しぶりの握力測定>
左:15kg 右:22kg (前回値よりも左は1.5kg↑、右は2kg↑)

2011年9月16日金曜日

ちひろ美術館




ずっと忙しかった彼の仕事が一段落したというので、以前から行ってみたかったちひろ美術館へ行って来た。もちろん、脳梗塞後初めての美術館だ。

前の晩からわくわくしながら下調べをして行く気満々だったのに、興奮しすぎたせいか心臓が踊って血圧がえらく上がってしまった(遠足前の子供だな、完全に)。
今日も目が覚めてから胸が苦しいので美術館行きはほぼ諦めたのだけど・・・昼過ぎくらいに何となく治まって来たので「やっぱり行こう!」と外出を決行した。



バスに乗って「上井草駅入口」で降り、そこから10分くらい歩いた。住宅街の中をうねうねと歩き、「ホントにこんな所にあるの??」ってちょっと不安になったけど、ちゃんとあった。

あずき色っていうのかな?赤紫の壁の建物が緑で覆われている感じ。 入館料は大人800円。



到着した時点でかなり疲れきっていたので、まずはカフェにて休憩。
カウンターで注文してお金を払い、呼ばれたら商品を取りにいくセルフ式。中庭が眺められる大きな窓に沿ってテーブルが配置され、外にも大きなテーブルが2つあった。最初は外でお茶しようと出たのだけど、蚊がぶんぶん飛んでいたのであわてて退去した。

昨日ネットでカフェ情報をチェックしたときに魅かれた「おむすびプレート」は本日はやってないそうな・・・残念!彼はオレンジシフォンを注文↓



私はカスタードプリンを食べた↓
割と硬めのプリンで甘さ控えめ、カラメルソースに苦味が利いていて美味しかった。




一息ついたところで、「ちひろの庭」と呼ばれる小さな庭へ出てみた。

庭からアイスカフェオレを飲んでリラックスしてる彼をパチリ(笑)。→

近くにあった椅子に座ってしばし庭をぼんやり眺める。(しかしここも虫が多くてあまりゆっくり出来なかった)
ちひろが愛したという草花や樹木が所狭しと植えられている。

小さくてもこんな庭があって猫が寝転んでいたりしたら最高だね、と彼と話した。



例によって花の名前は知らないけど、小さな花が何種類も咲いていた。


これは私でも知ってる、朝顔のつぼみ↓ 小学校の頃タネまいて夏休みに育てたっけ。


安曇野にあるちひろ美術館へは何年か前に行った事があるけど、広々とした敷地内に木がふんだんに使われている館内はとても居心地が良かった。東京のはそれに比べると敷地が狭い分こじんまりとしているけど、建物のどこからも緑の中庭が見えてほっと出来る。




庭を眺めた後はようやく展示室を回ってちひろ作品を目にする。
淡い色彩とにじみがきいた優しい画風が彼女の持ち味。

特にファンではないんだけど、原画を見るとほんわかとした気分になるから不思議。

ちひろのアトリエを再現した部屋の一角は興味深かった。
それ程広くないスペースに仕事机、本棚、応接セット、アップライトピアノなんかが何とか収まっている。

彼女の昔の白黒写真も時代の移り変わりが垣間見えて面白かった。 ちひろさん、なかなかお洒落な人だったんですね。
ガンで55歳で亡くなったそう。



脚がガクガクして痛かったので全作品をじっくり見ることは出来なかったけど、雰囲気だけ味わった。
最後にミュージアムショップを覘き、美術館を出た。

中庭にあった銅像→


帰りはもうバス停まで歩く気力もなく、タクシーで家まで帰った。さすがに美術館で作品を観覧し、行き帰り自力で移動するのはまだ無理。いっぺんに全部やろうとしちゃダメですね。

僅か2時間ほどの外出だったけど、またこうして美術館へ行けるようになったことは嬉しい。
これから少しずつ、距離を伸ばして以前のようにあちこち出かけてみたい。

それにしても・・・脚がバカになってるというか、左脚の感覚がおかしい。
明日以降、しばらく痛くて動けないかも(汗)。

2011年9月12日月曜日

月見散歩




今日は中秋の名月。
昨日、ふとカレンダーを目にして気付いた。

とは言え花より団子派なので、彼にお願いして和菓子屋で月見団子を買って来てもらった。
一昨日もみたらし団子食べたばかりなのに、この月見団子も自分で作ったみたらしのたれを付けて食べた。大きなサイズだったのでもうお腹いっぱい。
体じゅう団子で満たされた感じ。当分団子は食べなくていいや(笑)。



食後の運動も兼ねてお月見しようと彼と近所を散歩してみたけど、商店街やら外灯の光がジャマしてなかなか綺麗に見えなかった。

明りの少ない田舎でなら風情ある名月を見れそうだけど、都会じゃ難しい話か。絵的にススキがないのも寂しいな。

一応カメラ持って行ったけど、フラッシュなしで撮ろうと思っても手振れが酷いしシャッタースピードが遅くてボケボケ(涙)。
こんな写真しか撮れんかった→


近くの公園まで行ったら少しはマシな写真が撮れるんじゃないかと期待してたんだけど、三脚ナシじゃまともな写真が撮れないと分かってあっさり引き返した。万歩計のカウントは1,238歩。

夜で人目を気にせずに歩けるからと杖なしで歩いてみたけど左右のバランスがまだうまく取れない。注意して歩いていても時々おっとっと・・・とよろめいてしまう。
ここの所外を歩いていないから余計に歩くのがヘタになってるっぽい。

彼はずっと仕事で忙しいから、今度は夜に独りで歩く練習してみようかな。写真を撮れないのは面白くないけど、夜だと紫外線を気にしなくていいし、道を行き交う車も人も少ないから。

毎日少しずつ歩く、が出来れば一番いいんだけどね・・・それが難しい。

2011年9月10日土曜日

団子と有余る体力


何だか知らんけど、この数週間は体じゅうが痛くてたまらん。
今日も右腿の内側がものすごい痛くて座るのも辛い。
何もしていないのにどうしてこんな場所が痛くなるのか見当もつかない。
朝食後に飲むいつもの薬と一緒にロキソニン(消炎鎮痛剤)を飲み、昼過ぎまで寝ていた。
しばらくしてからお昼を食べてまたベッドへ・・・ちょっとマシになってきたかなぁと思った頃にはもう夕方!こんなんで一日終わらせるのが悔しい。

つまらんよーと凹んでいたら、彼が近所の和菓子屋でみたらし団子と豆大福を買って来てくれた。
無性にみたらし団子が食べたかったんだよね・・・だからすごく嬉しかった。
団子を今日食べて大福は明日食べようと思っていたのに、結局全部平らげた。
ホント動かないくせに食べ過ぎ。まぁ食べて元気になったからいいか(笑)。

それにしても・・・この所の不調はSLEの再燃の前触れなのか?って気がしてならない。
両手の指先に小さな潰瘍(膿)がいくつも出来ているし(プレドニンを多く服用しているとこの症状がよく見られるんだけど今は9mg/日だからそれ程多いわけじゃない)、関節じゃない場所が赤く腫れたりする・・・特に左の膝の外側(写真→)。関節より上の皮膚の部分に炎症を起こしている感じ。
どこかにぶつけたわけでもないし、無理して歩いたわけでもないのに何故腫れる??
手当たり次第にモーラステープやロキソニンテープを貼ったりしたけど、赤味も痛みも余り治まらない。痛くてまともに歩けないからちっとも外を歩けない。冴えないのぅ。

前回、ドクターに降圧剤を減らしてもらったお陰で日中の血圧が低くなりすぎる事はなくなった。が、夜になると下が100を超えることがちょくちょくあって、それはそれでどーなの?ってちと心配。
つい最近まで苦しめられていた胸痛は何故かこの数日は訪れない。これまた不思議。
体の不調の原因が突き止められない事の方が圧倒的に多いんだろうけど、私の場合そういうのが多過ぎ。これももう少し涼しくなってきたら治まってくるのかしら・・・そうであって欲しい。

全然関係ないけど、今日父が東京に来たらしい。
妹が急遽付き合わされて西洋美術館でやっている古代ギシリア展を見て、ランチ食べた後は浅草まで行って来たらしい。妹の足で18,000歩も歩いたって!
あの父についていける妹も十分凄いが、長野から東京に日帰りで来て遊び、明日からは八戸へ行くという父のパワフルさにただただ驚く。ハンパな63歳じゃないぜ。
私にも彼の血が混じってるはずなんですけどねー。ちっとでいいからその体力分けて欲しいっす。

父とは昨年11月、病院にお見舞いに来てくれた時以来会っていない。あの時はまだ車椅子で殆ど歩いていなかったから、今の私を見たら驚くだろうなぁ(大して歩けていないけど)。
次に父が上京する時は東京組3人とで集まる機会を作ろう。

2011年9月8日木曜日

消化不良

「急性リンパ性白血病」
友人Mさんがこの病にかかったと知ってからずっと心が落ち着かない。

Mさん本人から電話をもらった時、私はまだ起きたばかりで寝ぼけていた。
「元気にしてる?」という一言から始まり、彼女の声はいつものように明るく元気が良かった。
が、白血病で5月から入院して化学治療(抗がん剤)を受けていると聞きびっくりした。
家族の中にはドナー適合者が居なかったので骨髄バンクでドナーを探し、幸い何人か適合者が見つかったので来月初めに骨髄移植を受けるそうだ。

話の内容は相当重いものなのに、彼女の快活な話ぶりに安心した私は相変わらずの調子でしゃべり、最後は「お互い大変だけど命ある限りは精一杯生きましょう!」みたいなことを言って電話を切った。

頭がようやく回転し始めてからよくよく彼女の話を思い起こすにつけ、私は何て能天気でアホなことを言ってしまったんだろう!と慌てた。ネットで急性リンパ性白血病の事を調べたら病の深刻さに愕然とした。彼女がどんな気持ちで私に電話してきたんだろうと想像するとますます自己嫌悪に陥った。

自分が膠原病のSLEにかかっていると判明したのが2004年、その後も多発性筋炎、脳梗塞にもかかり、長い間病人をやっている私は病に対して変な慣れがある。
痛みのない日はないし、ほんの小さなきっかけで病が悪化する危険性を常に抱えている。年々体力が落ち、以前出来たことが出来なくなった、なんてことは多々ある。
「死」は常に「生」と隣り合わせで、いつ死ぬかなんて誰も分からない・・・明日突然死ぬことだって十分有りうるのだと思って日々暮らしている。
だからもし、私が今ドクターに「あなたはガンにかかっています。余命半年です。」と言われても、「あぁ、そうですか」と素直に事実を受け入れられる気がする。
しかし。Mさんが自分の病気を知った時、彼女はどんな反応をしたのだろう。これまで大きな病をせずに元気に過ごして来た人がそう簡単に白血病という難病を受け入れられるとは思えない。
私だって病気を受け入れるまでに相当時間がかかったのだ。そう思うと電話で彼女に何て軽はずみな事を言ってしまったんだろうと反省する。

私の親と同じ世代のMさんは初めて会った時から明朗快活、好奇心旺盛でアクティブな人。
母を亡くした私を娘のように心配し、かわいがってくれた。市が主催の英会話教室のクラスメイトとして一緒に勉強し、イベントにも色々参加した。美味しいごはん屋さんに何度も連れて行ってもらった。私が東京に住んでからは時々「元気にしてる?」と電話をかけてきてくれた。Mさんの家で手料理をご馳走になるのが帰省の際の楽しみの一つだった。
本当に本当にMさんにはお世話になっているのだ。

そんなMさんが病気になって苦しんでいるのに、お見舞いにも行けない、何も出来ない。散々お世話になって何の恩返しも出来ないのが辛い。
自分が病気になる事より、家族や友人が病気になる事の方が受け入れ難い。
この数日間、彼女が病であるという事を何とか自分なりに噛み砕いて消化しようと思っているのだがうまく行かない。心の消化不良を起こしている。

唯一救いに思える事は(でもこれが一番重要な事なのだけど)、彼女には家族の強力なサポートがあるということ。
Mさんファミリーは私にとってはまさに理想のような家族。Mさん夫妻はお互いのことをファーストネームで呼び合う。「お父さん、お母さん」じゃなく。お互い信頼し尊敬し合って現在に至っているのがよく分かる素敵なご夫婦。娘さんも息子さんも賢くチャーミングな人達。
きっと彼らは妻のため、母のため、いつも以上に団結してMさんを支えているのだろうと容易に想像がつく。病人にとって家族の助けは何よりも心強く、安心して治療を受ける為の必須条件だと思う。

来月の手術が無事に終わり、それが功を奏してくれる事を今は願うばかり。
少しでも歩けるようになったら何とか帰省してMさんに会って話がしたい。

長野に帰ればいつでも元気なMさんに会えるのが当たり前だと思っていた。当たり前のことなど何一つないのだと知ってるくせに、それが自然であるかのように思ってた。自分の命に限りがあるように、Mさんにも命の限りがあるのだと神サマに思い知らされた気がする。

今という一瞬を大事に生きる、毎日を大切に過ごす。私もMさんも出来ることはそれに尽きると思う。人生はその連続なのだから。神サマ、どうかMさんを快方に向わせて下さい。

2011年9月2日金曜日

外来日(心電図あり)

この1ヶ月に読んだ本&マンガ

8月は殆ど家から出ずに終わった。

退院して以来すっかり遠のいていた読書に没頭した。(これくらいしかやれることがない)
久しぶりに本の世界に浸り、笑ったり涙したり・・・ 忘れてかけていた大切なことを思い出し、いくつかの気付きも得られた。
やっぱり読書は心の栄養剤になる。

さてはて。
1ヶ月ぶりの外出がまたまた病院でした。
ここのところ多忙で深夜まで仕事をしていて寝不足の彼と、長いこと不眠続きの私。
行きのTAXIでも待合室のベンチでもこっくりこっくり船を漕いでおりました(苦笑)。
ちなみに今日は病院内でも車椅子を使わず、杖をついて移動した。
いい加減自分で動かないと!

いつものように尿検査と血液検査を受け、作ってきたサンドイッチと野菜ジュースで少し遅い朝食をとった。いつも病院へ行く日は早起きしてあまり食べずに出てくるので、10時頃に一番お腹が空くのだ。
我ながらサンドイッチ持参はいいアイディアであった。今度からこうしよう。

「何だか今日は空いてるねぇ」なんて彼と言ってたのに、呼ばれるのはいつもより遅かった。
車椅子ではなく歩いて診察室に入ってきた私にドクターは一瞬驚いていたみたいだったけど、相変わらずのクールさ(?)で診察開始。

まずは先月初めに腫れた舌下腺の辺りを触診してもらう。
「うん、綺麗に消えたね。良かった」 ホント、変なことにならずに良かったわ。

で、次は気になる抗DNA抗体の値。前回急に数値が上がっていたからなぁ・・・
結果は、わずかだけど下がっていた↓ (66.6→60.2)


「良かった~」と安堵する私に、「・・・とは言え、まだまだ高い数値でプレドニンを減量できるレベルじゃないけどね」とドクター。うぅ、分かってますよぅ(涙)。


そして上がり続けていたCRPも一応下がっていたけど、これも依然正常値を超えている。
うーん、何なんですかね??でも体中痛いから納得も出来る。


さて、私が今回ドクターに一番相談したかったことは血圧と降圧剤のこと。
数ヶ月前からかなり安定していい数値になっていたのだけど、この1ヶ月半は下がり過ぎの状態が続いていた。
上が100を超えないことも多く、朝から晩まで体がだるくて立っているのが辛かったほど。それでも降圧剤の服用を勝手にやめることは出来ないのでいつも通りに飲んでいた。
血圧表に目を通し、私の話を聞いて「よし、じゃあニレーナ(降圧剤)を20mgから10mgにしてみようか。でもどうして急に下がり始めたんだろうねぇ」とドクターも不思議そうだった。
そもそも5年前に急に血圧が高くなったのだが、今度は突然下がるし・・・私の体の中で一体何が起こっているんでしょ?まぁいずれにせよ、薬の量を少し減らしてもらったので様子を見ていくことにする。

あとこの数週間、夕方から胸の圧迫感と痛みが出現、じわりじわりとその強さが増して夜中にロキソニンを飲むという状態が続いている。ただでさえ不眠なのに、この胸痛と四肢の痛みが更に眠りをジャマしてくれるというわけ。不思議なことに朝からお昼過ぎ頃までは別に痛くない。
これについてもドクターは「うーん?何だろうねぇ。」と首を傾げるだけ。「心臓じゃないと思うけど、しばらく心電図とってないし、帰りにとっていって」と言われて診察終わり。
帰り際に「筋力これ以上落とさないようしっかり運動してね」としっかりアドバイス頂きました。

心電図はすぐ終わり(結果は次回の診察時に聞く)、会計も早く済んだ。
帰りは電車と歩きで何とか帰った。
途中、大粒の雨が降って来たけど割とすぐ止んだのでずぶぬれにはならずに済んだ。
台風12号が近づいて来ているせいで、湿気を含んだ重くて生ぬるい風が吹き荒れている。今晩辺り日本本土に上陸するらしい・・・大きな被害が出ませんように。

それにしても、病院へ行くというのは何と疲れることか!
彼と2人ぐったり・・・明日はゆっくりしよう。だーりん、お疲れ様でした。