2026年5月26日火曜日

「守一と故郷。」展


壁熊谷守一美術館 外観


随分前から一度行ってみたいと思っていた熊谷守一美術館へ行く。
熊谷守一(1880-1977)が亡くなるまで45年間暮らした自宅の跡地に、守一の次女・榧(かや)が私設の美術館を1985年に開館。2007年に榧より守一作品153点が豊島区に寄贈され、同年11月5日より豊島区立熊谷守一美術館となった。


晩年の守一は飽きもせず庭にいる赤蟻をじっと見ていたそう


地下鉄の要町駅からテクテク歩いて10分ほど、静かな住宅街の中に美術館のコンクリート打ちっぱなしの外壁が見えて来る。道路に面した壁には守一が91歳で描いた「赤蟻」の絵が15倍に拡大されたものが彫られている。「クマガイモリカズ」の文字も絵のように見える。




開催中の企画展「熊谷守一美術館 41周年展 守一と故郷。」は、守一と故郷 付知(つけち)との関わりに焦点を当てた展覧会(6/28まで)。

守一が30代の頃に故郷で5年間過ごした時に描いた付知の風景、馬、鳥や昆虫、植物などの作品が1F展示室で紹介されている(熊谷守一つけち記念館所蔵の物が多い)。2Fと3Fの展示室には油絵や墨絵、書、鉛筆画など熊谷守一美術館が所蔵している作品が展示されていた。

徐々に自分の表現を追求した守一は、70歳を過ぎて「モリカズ様式」と呼ばれるようになった単純化した彩色とはっきりした輪郭線を用いた表現に辿り着く。

美術館の紹介の他、榧による「熊谷守一のこと」も載っている


観覧料を払った時に受け取ったパンフレットの表紙は1976年作の「アゲ羽蝶」だ↑
絶筆となったこの作品は守一が96歳に描かれた。もちろん美術館で実物も見れて、小さな作品なのに力強さがあって見入った。オレンジの花は守一が好きだった「フシグロセンノウ」で、彼が庭に最期に見に行った花もこの花だったそう。



小規模ながら親しみやすさを感じる空間で守一作品をじっくり見れて良かった。

カフェが気になったものの、お土産にポストカード数枚だけ買って出る。

1959年作「白猫」→

池袋駅西口の辺り


再び要町駅へ戻り、電車で一つ先の池袋へ移動する。
要町でランチを食べるのに良さそうな店を見つけられなかったので・・・


単焦点レンズに付け替える気力なくいい加減な写真


我らがウェンディーズで安定のバーガーランチ(笑)。
たまに食べる分にはジャンクフードも悪くない。正午前で店内も空いていて寛げたしね。

食後は池袋ショッピングパーク内にある自然食品店「こだわりや」で買い物して帰宅する。
万歩計は8,211歩をカウント。薄曇りでも蒸し暑くて歩いていると汗が出る陽気だった。昨夜は爪が剥がれかけている右手人差し指の痛みで5-6回起きて睡眠不足だったのだけど、守一の作品を見て何だか元気を貰えた。やはり時々は美術館へ足を運びたいね。

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